2006/4/24  5:46

人間理解のために〜その1  映画

映画『エデンの東』('55 米)の中に、大好きなシーンと台詞があります。ヒロインがジェームス・ディーン演じる主人公に向かって語りかける言葉「〜そして私は父を許したの」。

この、人を許すという気持ちこそが‘人間理解そのもの’なんですよね〜 簡単な様でいて実は、きちんと相手を理解出来ないと、人を許すことなどなかなか出来るものではありません。世界中で未だに相手を許せずに戦争を続けている国々が、一体どれ程存在し続けているでしょう。

このヒロインは主人公の兄の婚約者ですが、映画の冒頭では彼女は彼を「何を考えているか分からなくて怖い人」と言い放ち、傷つきやすい主人公を益々荒れさせるのです。しかし彼女は彼を観続けているうちに、彼の純粋さに気づき誰よりも一番の彼の理解者へと変わって行きます。彼女もまた、彼の至らなさを許したのでしょうね。そうして許し許されていく人々が描かれた、この『エデンの東』のテーマ曲も実に素晴らしく、50年以上経った今も変わらず愛され続けている映画音楽となっています。

話は戻りますが、ではどうすれば‘理解しがたい’事を行う人を、許すことが出来るようになるのでしょう? 罪を憎んで人を憎まずとは実際のところどうすれば良いのでしょう?

常々私が感じていることや、最近気づいた事がありますので、忘れないうちに書かせて頂きますね。長い前置きはこれくらいにして…

                * * *

すぐ誰かのせいにする人
「あなたが悪いのよ」「オマエのせいだからな」「○○のせいでこうなった」等と、すぐに誰かのせいにする人っていますよね。傍で見ているとあまりにも子供じみていて、自己反省ということとは無縁の我儘な人間に見えてしまします。

けれども実は誰よりも自責の念にさいなまれやすい人、自己嫌悪に陥ってしまって苦しみやすい人、それが昂じて自殺しかねない人ほど、それを避けるために無意識に相手のせいにしている場合があるのです。自殺をしてしまっても何の解決にもならないこと(輪廻転生でカルマを背負ったりや因果応報があること)を本能で分かっているからでしょうね?

それでとにかく、誰かのせいにして自分は悪くないと思い込まないことには、自己の存在さえ認められなくなってしまう様なのです。‘死にたくなる気持ち’との闘いが、そこにありますね。

もしもあなたの周囲にやたらと人のせいにして騒いだり荒れている人が居たら、本当は誰よりも自己嫌悪していて自責の念で相当苦しんでいるのだと考えて下さい。本人が自分自身を許せる時が来るまで、待ってあげるしかないでしょうね。

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2006/4/24  11:07

投稿者:やっちゃん

ミニさん、こんにちわ。覚えてらっしゃるでしょうか。
ykarinです。なんとかアートセラピー2級までいけました。
私の母もよく人のせいにしてましたが、よく見ていると、時々自分が全部悪いから、愛されてないからと、言っていたところもありました。いま思うと苦しんでいたんだな・・・・って本当に分かります。最近は母の夢ばかり見ています。母に対して理解できなかった後悔と命日がちかいからかな・・・。ところで私のブログで夢の話もしたいとおもうのでいつも参考にさせてもらっているこちらを紹介させてもらっても大丈夫でしょうか?
では、また。

http://ameblo.jp/tomato5/

2006/4/24  10:24

投稿者:スノー

私は人が悪いあいつのせいと話す人は、環境が変わってもまた新しい人が悪くなってます。
自分に振り返り自問自答して前に進む人、おられるけど・・少ないです。
私は人によりけりだと思います。
いつまでもその地点から進めない人、人を悪く言うことでいじめることで安堵する人もいます。
えらそうな事書いてごめんなさいm(__)m
私の以前のサークルはいまだにもめつづけてます。忠告して私は悪者です。悲しいけど、人と話してる感じがしません。

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